管理人より

プロフィール

アラフォー女の雑記ブログ『40歳からのひとり時間』にお越しいただきましてありがとうございます。

アラフォーおひとり様のあいしゃです。

私は今、東京都下に一戸建てを購入して猫と二人暮らしをしています。

仕事はフリーランスのマーケター兼ライター。小さな会社のマーケティング活動をお手伝いをしています。

あいしゃというハンドルネームは中学時代から使用しているペンネームみたいなもので、きっかけはデパートのガチャポン占いでした。音が良いなとサイトや執筆活動で使用しているうちに、自分の第二の名前になりました。

人生半分生きて、色々合った中で今が一番幸せ。と、言えるようになったので、このブログでは小さな幸せを感じること失敗しないためのルールなどを紹介していきたいと思います。

ここからは、私のこれまでをまとめました。長くなりますので、お時間がありましたら読んでみてください。

不幸を呼び寄せる10代〜20代前半

あまり家庭環境に恵まれなかった私は、高校時代からひとり暮らしをしていました。家庭内で「掃除をする」とか「歯を磨く」なんていう基本的なことも教わっていなかったためか、生活は荒んでいました。

2ヶ月連続3回空き巣に合う

あまり良いところに住んでいなかったせいでしょうか。3回目に空き巣に入られた時は「もう何もないよ・・」と涙も出なかったです。

ダメ男製造機になる

私自身がそうさせるのか、元からダメな男が好きなのか付き合う人の全てがダメ男でした。20歳のときはDV男と同棲していて、根性焼きをつけられ、歯を折られました。その根性焼きが若い頃ヤンキーだったと思われるのが今でも悔しいです。

相次ぐ会社倒産

2度目に勤めていた会社が夜逃げ倒産をし、3度目に入った会社は社長が脱税をしてお縄になり解雇。この時やっと「ちゃんと大学を出ていれば良かった」と思いました。この後、全然仕事が見つからなくて、夜のバイトやライターの仕事していました。

これは常々言っていることですが、日本で学歴やコネがないものが、一度失敗すると相当の努力をしないと普通の生活は手に入りません。

障害者になる

2度目の倒産を経験し、仕事を探していた頃、交通事故に合います。友人と朝まで遊んで送ってもらう車がガードレールに突っ込んだのです。居眠り運転でした。その時は、肋骨にヒビが入る程度でした。

退院し日々の生活にも困っていた頃、ICUで3ヶ月生死を彷徨う怪我をします。一般病棟に移るとき主治医に「一生車椅子生活になります」と宣告されたときは涙も出ませんでした。

「あぁ。私の人生って何だったんだろうな」

欲深さを武器に地獄からの復活

2年近くの病院生活を経て、車椅子で退院。実家に戻ることは拒否され、中野区のワンルームで再スタートを切りました。貯金0、カードローン有、生活保護の底辺生活です。

一番最初に入ったお金で買ったのはハイヒール。馬鹿でしょ?しかし、幼少時代から華やかな世界に憧れ、派手好きだった私は、ノーメイク、カジュアルな服装、ペタンコの靴で外に出ることなんて自分が許さなかった。

畳の上でハイヒールを履いて一畳分歩けたときは涙が止まりませんでした。

「私は生まれ変わる」

キラキラ系ズボラ女子誕生

その後メキメキと回復した私は、専門学校を出てIT業界に入ります。

彼氏も出来て同棲を始め、東京の高層ビル群が立ち並ぶ街の大きなマンションに住み、外資系化粧品会社や、IT企業で働いていました。

キラキラネイルにバッチリメイク、プラダの靴でご出勤(SATC世代です)。しかし、同棲している部屋はいつも彼氏が片付けるまでカオスのズボラ女子。

当然お金の管理も苦手で、貯金も借金もいくらあるかわからない状態でした。

初めての起業と休眠申請

Web系の派遣社員は当時時給が良く、昼夜問わず働きまとまったお金が出来たときに知人に進められ起業をします。事業内容は『Webサイト制作』『講師業』。社員は私と派遣先で知り合った同い年の女の子。大人になって初めて出来た友人でもあります。

しかし、女社長という肩書きに憧れ乗せられるまま作った会社が上手く行くわけがありません。一緒に始めた友人が私とは出来ないと消えてしまったのです。

制作の受注が1年先まで決まっていました。受けていた仕事は何とか外注さんを探し完了させることができましたが、これからの予定が狂ってしまい休業することに。

このときに学んだのは、仕事の人生も他人をアテにしてはいけない。これは他人を否定するものではなく、他人の力を自分の力だと思ってはいけないと言うことです。

自分一人でも何とかなるから、誰かが一緒にいてくれたら倍以上の幸せを得ることが出来るのです。

荒療治でズボラ女子からの脱却

東日本大震災の年、長年同棲していた彼氏と別れを決めます。理由はお互いにありましたが、会社を休眠させ、通帳の残高をぼーっと見ていたときにプライベートも仕事もだらしない、他力本願で生きてきた自分を変えるには、今しかないんじゃないかなと何となく思ったからです。

しかし、同棲解消するだけでは長年染み付いたズボラ女子からは脱却できませんでした。アラフォーに差し掛かり、全ての収入を自分に使えるおひとりさまは毎日綺麗な格好で飲み歩き、飲み屋で見栄を張り、メイクをしたまま寝たせいで荒れた肌を回復させるために、高級化粧品を使いエステに通う。

このままではいけないけど、もうどうしようもできないよ・・・と半分諦めかけていた時に思い切った行動に出ます。

人間関係の断捨離

恋人から兄弟のようになっていた彼氏との別れを決め、久しぶりの一人暮らしを始めました。もう何年も一人でいたことがなかったので、最初は寂しくて泣いてましたね。

それが過ぎると、フルネームを知らない飲み屋で知り合った友達と遊び歩く。しかし、このままでは彼氏といたときよりもダメな女になってしまうと早い段階で気がつきよく分からない人間関係を断捨離します。

SNSのフォロワーが数百人いる私のスマホの連絡帳に残ったのは、会社やお店ばかりでした。

ちょい田舎への引越し

中学生までを過ごした東京都下のワンルームにお引越し。毎日飲み歩きが出来る都会から物理的に離れないと元の生活に戻ってしまうと思ったのです。

日本橋の会社から田舎の駅に着いて草の匂いを吸ったときに不安で涙が出ました。

「こんな田舎でやっていけるのだろうか?」

クラシックカーを購入

昔からドライブが好きでした。同棲していたときは常時アメ車を2台持ちしていたけれど、それって私の趣味だっけ?

田舎で友達もいなく、飲み歩くのもしんどくなって小さい頃から憧れていた車を購入し休日を車と過ごすことにしました。今まで人に依存してばかりで、趣味という趣味がなかった私は夢中になりました。

旧車って裏切らないんですよ。人と違って、世話をした分だけ返してくれる。

田舎の会社へ転職

片道1時間ちょっとの通勤が辛くなってきたころ、車で行ける距離の会社から正社員のオファーをもらいました。給料はかなり落ちるものの、通勤時間、都内にいたときの家賃などを考えるとメリットが多そうだと入社を決めます。

マーケターという職種がいなかったこと、派手な立ち回りが功を奏して入社半年で昇進、1年後には管理職になりました。

おひとりさま家を買う

良いことは続くもので、昇進した頃、手頃な市の保留地が見つかります。入社してすぐのときも別の土地があったのですが、住宅ローンが通らず断念。今回、ダメ元でチャレンジしてみると何とか購入することができました。

今の時代、資産価値のない家の購入はマイナスと取られがちですが、私は間違いなく購入して良かったと思います。

おひとりさまの注文住宅に関しては、このひとり時間でも紹介していきたいと思っています。

愛猫との出会い

新居に引越しをして1ヶ月。まだ部屋も整わないうちに愛猫がやってきました。と言ってもブリーダーサイトで一目惚れをして、入居前に会いに行き、即迎入れを決めたのは私ですが。

今までペットを飼ったことがない、自分のことも幸せにできない私が小さな命を預かって大丈夫なのだろうかと不安になりましたが、相性が良いようで何とか上手くやっています。

家猫は私がいないと生きていけません。無償の愛を捧げるものが人と優しく、強くさせるのだと愛猫に教えてもらいました。

コロナ離職からの再スタート

2020年、新型コロナウィルスが世界を襲います。見えない敵との出口のない戦いにみんな疲れたのでしょうか。私はひどいパワハラを受け、退職に追い込まれます。人間って不思議なもので、生死を彷徨うような経験をしたのに、目の前の命なんか取られない相手にストレスを感じてしまうんですね。

若干の貯金が出来た私は、本当に自由になるためにフリーランスの道を再度選びました。しかし、起業失敗の経験から、合わせてゆるい転職活動もはじめました。

note100日チャレンジ

先ず始めたのはnote100日チャレンジ。中学生の頃物書きを目指し、10代終わりに週刊誌に連載を持っていた私は書くことが好きで、楽しく毎日書いていましたが、95日目でストップ。それから書けなくなりました。

しかし、毎日書いていた経験が私の書きたい熱を呼び起こしてくれてこのブログを立ち上げるきっかけになりました。

小さな会社のマーケター

デジタルマーケターとして一流だと思ったことはないけれど、十数年の経験は無駄にはならなかったようです。知り合いの小さな会社のマーケティングをフリーランスでお手伝いできることになりました。

また、簡単なサイト制作ならできることも買われて先日オウンドメディアを立ち上げました。

未来-夢は書籍化

そして、2021年4月。この雑記ブログ『40歳からのひとり時間』を立ち上げます。

世間から見たら底辺の生活を送っていた私でも、車と家を持つことが出来ました。そして自分の選んだ、大切なものだけに囲まれることで毎日を楽しく過ごしています。人生100年時代、半分にも到達していない年で普通の生活が送れるようになったこと、幸せと言えるようになれてラッキーです。そのラッキーはがむしゃらに働いて、失敗を恐れず行動したことで手に入れたものだと今は思います。

昔からおひとりさまブログを何度か立ち上げたことがあります。その動機は「ひとり行動している私って素敵でしょ?」と自己顕示欲を満たすものでした。しかし、今度は、自分のためだけでなく、このブログを通して誰かを元気にしたい。心を楽にしたい。

幸せのものさしは相対評価ではなく絶対評価。自分が決めるものです。このブログに出会ってくれた方が幸せになれるように。自分自身も幸せに鈍感にならないように、毎日綴りたいと思います。

あいしゃ